2007年12月03日

飯山のそば

江戸時代に諸大名から将軍家への献上物は、年始八朔の御太刀金銀馬代、端午重陽歳暮の御時服といった定式ものの他に。時献上と称してその時候に従っての献上物が定められてあった。総数266家のうち9家から蕎麦を献上していた。
十月蕎麦・・・・・・・信濃国水内郡飯山城主二万石本多豊後守助賢(すけかね)と記されている
これがその領地の名産品であったからである。

と書物で紹介されています

トガリン村ではそのそばの復活大作戦を行っています

地域のブランド品を作ろうと言う仲間がどんどん増えています

歴史を紐解いて現代によみがえらせるのもまた、ロマン

地域活性化セミナーも開かれているが

こういうことを見落としていては観光地づくりは険しぞ

そば師石田屋一徹

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